世界一周特典航空券で巡る南米旅⑪ サグラダ・ファミリア 「受難のファサード」彫刻群を観てまわる。

受難のファサードは、イエス・キリストの受難から死、そして復活と昇天までを描いたサグラダ・ファミリア西側のファサードです。
彫刻家ジョゼップ・マリア・スビラックスによる直線的で鋭い造形が特徴で、左下から上方へとS字状に物語が展開し、救いの物語を表現しています。

ファサードの頂部にも1体もお見逃しなく!

左側下段の彫刻群 ①・②

番号順に観ていきましょう。
①最後の晩餐

物語の始まりの彫刻。
イエスが十字架刑の前夜、十二使徒とともに最後の食事をした場面を表しています。
右下の石に掘られた「EL QUE ESTÀS FENT FES-HO DE PRESSA. JOAN 13,27」は、「あなたがしようとしていることを、すぐにしなさい。」という意。
この言葉は、ユダがイエスを裏切るために食卓を去る直前の場面を示しています。
大きく垂れ下がる布は、受難のファサードの中でも印象的な造形の一つです。
スビラックス特有の鋭い人物表現とは対照的に、布の流れるような彫刻によって食卓全体をまとめています。
公式サイトでは言及されていないが、一般的に中央で背中を向けているのがイエスとされています。

こちらの写真では、イエスの横顔が見えます。


こちらも公式サイトの情報ではないが、イエスから目を逸らしてこちらを向いている人物が「ユダ」としている情報もあります。
このユダのそばに寄り添う様に伏せている「犬」の彫刻がみられます。
イエスを裏切るユダが描かれる場面に忠実な犬を添えることでスビラックスは、「裏切り」と「忠誠」という対照的なテーマを静かに表現しています。
②イエスの逮捕

この兵士たちは、ユダの裏切り(接吻)の合図によって特定されたイエスを、まさにこれから捕らえようとしているローマの追手たち(兵士や守衛)であることが説明されます。
ローマ兵のヘルメット
彼らが被っている特徴的なヘルメットは、ガウディのデザインした「カサ・ミラ(ラ・ペドレア)」の屋上にある煙突(換気口)の形を忠実に再現しており、彫刻家スビラックスがファサード全体を通して徹底してガウディへ敬意を表している重要なポイントです。


こちらが、カサ・ミラの煙突部分。
確かに、ローマ兵のヘルメットそのものですね。
中央下段の彫刻群③〜⑤

中央部の彫刻群は見応えあります。
興味深いエピソードと共に観ていきましょう。
③ユダの裏切り(ユダの接吻)

ユダがイエスをローマの兵士たちに引き渡す際、「私が接吻(キス)をする男がイエスだ」とあらかじめ暗号を決めて裏切った、緊迫の瞬間を描いています。
イエスがユダの裏切りをすべて見透かしながらも、静かにその運命を受け入れるような、悲しみと厳かな表情に注目ポイントです。
スビラックスによる直線的で鋭いカッティングが、二人の間の張り詰めた空気感を際立たせています。
1. 背景の4x4数字パネル「魔法陣」
美術の世界で魔方陣と呼ばれるもので、縦・横・斜めの4つの数字をどのように足しても、さらに4隅の数字や中央の4つの数字を足しても、合計が必ず「33」になります(合計310通りの組み合わせがあるとされています)。
「33」の意味は、「イエス・キリストが十字架に架けられて亡くなったときの年齢(33歳)」を象徴しています。
そんな「魔法陣」ですが、実はスピラックスの調整が施されています。
通常の数学的な4×4の魔方陣は1から16までの数字を1度ずつ使い、合計は「34」になります。
しかし、スビラックスは合計をどうしてもイエスの年齢である「33」にするため、あえて11と16を無くし、「10」と「14」の数字を2回ずつ重複させるという独自のカスタムを施しています。
2. 背景の「波打つ蛇」は悪魔と欺瞞の象徴
キリスト教(聖書の創世記)の伝統に則り、この蛇は「悪魔(サタン)」「誘惑」「欺瞞」を象徴しています。
ユダの背後に配置されることで、彼が邪悪な誘惑に負けてイエスを裏切ったという精神的な背景を視覚的に表現しています。
④キリストの鞭打ち(柱に縛られたキリスト)


ローマ総督ピラトによって鞭打ちの刑を言い渡され、大理石の柱に縛り付けられて苦悩するイエスの姿を描いています。
1. 4つの石ブロックの意味
イエスが縛り付けられている円柱は、4つの大きな石のブロックを積み重ねて作られています。これはキリスト教における「十字架の4つの腕(端)」、あるいは世界を構成する「4つの要素(地・水・火・風)」を象徴していると解説されます。
2. 縄の結び目と身体のねじれ
イエスを柱に縛り付けている強固な縄と、そのリアルな結び目に注目すると、この縄によって引き裂かれるような凄絶な苦痛が、イエスの身体の激しいねじれ(ひねり)によって表現されています。
3. 背後の扉との連動
この柱の後ろにある大きなブロンズ製の扉には、新約聖書(福音書)の受難の物語のテキストがびっしりと刻まれています。この彫刻がただの独立した像ではなく、背後の聖書の言葉(文字)と一体となって受難のドラマを伝えています。
4. 葦の杖
イエスが立つ台座の階段部分に、ぽつんと横たえられている枝は、聖書に登場する「葦の杖」です。
鞭打ちの刑の後、ローマ兵たちはイエスをさらに痛めつけ、嘲笑するために、いばらの冠を頭に載せ、紫色の服を着せ、そして王が持つ「王笏(杖)」に見立てて、この「葦の枝(杖)」を右手に持たせました。
兵士たちは「ユダヤ人の王、万歳!」と言ってイエスを愚弄し、その後、この杖を奪ってイエスの頭を叩いたと聖書に記されています。
王としての尊厳をパロディにされ、床に投げ捨てられた葦の杖の痛々しい姿は、イエスが受けた精神的な屈辱と孤独を静かに物語っています。
⑤ペテロの否認(三度の否認)

イエスが予言した通り、弟子であるペテロが周囲の人々から「お前もイエスの仲間だろう」と問われ、「あんな人は知らない」と三度嘘をついて(否認して)裏切ってしまった瞬間を描いています。
ペテロがまとう大きな布(シーツ)は、彼の「臆病さ」や「恥の意識」を象徴しており、自らの卑怯な行為を恥じ、身を隠すように小さく丸まって深く葛藤している心理的な苦悩が表現されています。
3人の女性が意味するものは、ペテロがイエスを否定した『3回』という回数を、視覚的に象徴しています。
予言の成就
背後の壁に雄鶏が彫られています。
イエスが最後の晩餐の席でペテロに告げた、「あなたは今夜、雄鶏が鳴く前に、三度わたしを知らないと言うだろう」という予言が現実になったことを告げる象徴として配置されています。
この雄鶏の存在が、ペテロにハッと自分の過ちを気づかせ、深い後悔へと向かわせるトリガーとなっています。

角度を変えて撮影すると、3人の女性のうち、一人は妊婦であることが分かります。
この場面に妊婦を加えたスビラックスの意図
1. 「新しい命(未来への希望)」の象徴
ペテロの否認は、イエスを裏切るという人間の弱さや「罪・絶望」を描いた暗い場面です。
しかしキリスト教において、ペテロはこの後に激しく悔い改め、やがて初代ローマ教皇(教会の基盤)となる人物です。
スビラックスは、この絶望的な場面の中に「お腹に新しい命を宿した妊婦」を配置することで、「罪の先にある赦し(ゆるし)」や「教会の誕生」、そして「未来への希望」を逆説的に表現したとされています。
2.「イエスの言葉(予言)」のもう一つの成就
イエスは十字架へ向かう道中、悲しむ女性たちに向かって「お腹の大きい者(妊婦)は不幸だ。これから大変な苦難(エルサレムの崩壊や受難)が来るからだ」という趣旨の言葉(予言)を残しています。
この場面に妊婦を描くことで、ペテロの否認(雄鶏)だけでなく、「イエスが語った苦難の予言が、まさに今この瞬間に始まっている」という時代背景を視覚的に表現しています。
右側下段の彫刻群⑥・⑦

右側の彫刻群です。
⑥エッケ・ホモ(この人を見よ)

ローマ総督ポンティオ・ピラトが、鞭打ちに処され、いばらの冠を被せられボロボロになったイエスを群衆の前に立たせ、カタルーニャ語で「AQUEST ÉS L'HOME(ラテン語で Ecce Homo / この人を見よ)」と突き出した場面です。
ピラトはこれで群衆の怒りが収まる(死刑を免れる)と考えましたが、群衆は「十字架につけろ」と要求します。
彼はイエスに罪がないと知りつつも、暴動を恐れて死刑判決を下さざるを得ない自身の立場に葛藤し、苦悩しています。
その複雑な心理が、頬杖をついて深くうつむき沈み込むようなポーズに表現されています。
ピラトが深く腰掛けているすぐ後ろの丸柱をよく見ると、「TIBERIVS(ティベリウス)」という文字が刻まれているのが見えます。
これは当時のローマ帝国第2代皇帝の名前で、「この裁判は、ローマ帝国の絶対的な権力(法)の下で行われたものである」という歴史的背景を、スビラックスは文字として柱に直接刻み込みました。
⑦手を洗うピラト(ピラトの裁判)

死刑を求める群衆の意志に屈したローマ総督ピラトが、器に注がれた水で自らの手を洗っている場面です。
これはマタイによる福音書に記された「この正しい人の血について、私には責任がない。お前たちの問題だ」という言葉通り、「自分はこの不当な裁判の責任を負わない」という自己弁護と、責任放棄を視覚的に表しています。
ピラトの前に立ち、水瓶から水を注いでいる召使い(奴隷)の女性がいます。
彼女はピラトに対して斜めに、あるいは少し背を向けるような不自然な姿勢(ねじれ)をとっていますが、これは「正しい人を死刑にする主人の行為に、内心では同意していない(または巻き込まれたくない)」という心理的な距離感や躊躇をスビラックスが表現しています。
中段の彫刻群⑧〜⑩

⑧キレネのシモンとイエスの転倒

死刑囚として重い十字架を背負わされ、ゴルゴダの丘へと歩くイエスは、あまりの衰弱からついに途中で倒れ込んでしまいます。
そこで、たまたま通りかかった田舎帰りの男「キレネのシモン」がローマ兵に強制され、イエスの代わりに十字架を担ぎ上げて手助けをする場面。
倒れたイエスの後ろで、顔を覆って深く嘆き悲しんでいる3人の女性たちは、イエスの母マリア、マグダラのマリア、そしてクロパの妻マリア(諸説あり)とされ、残酷な運命を前にした人間の無力さと深い悲哀がスビラックス特有の直線的な造形で表現されています。
シモンが不条理に重荷を背負わされたにもかかわらず、結果としてキリストの受難(苦難)を分かち合った最初の人類となったことから、この場面は「他者の苦しみや重荷を共に背負うこと(連帯と慈愛)」の象徴として説明されることが多いです。
⑨聖ベロニカ

十字架を背負ってゴルゴダの丘へと歩むイエス・キリストの受難の道(ヴィア・ドルローサ)の一幕を描いています。
1. 「顔のない」聖ベロニカと聖顔
中央で布を掲げているのが聖ベロニカです。
彼女は、苦しむイエスの顔を自らの布で拭ったところ、その布にイエスの顔が奇跡的に浮かび上がったとされる伝説の女性です。
スビラックスは、布に浮き出た「イエスの顔(聖顔)」に鑑賞者の視線を完全に集中させるため、あえてベロニカ自身の顔を「のっぺらぼう(顔がない状態)」に彫刻しました。
2. アントニ・ガウディへの2つのオマージュ
左端の福音史家(目撃者): 画面左端で受難の様子を見つめている人物は、ガウディ本人の容貌を模して造られています(バルセロナの聖体祭の行列に参加した際、写真に収められたガウディの顔が再現されています)。
著作権の関係上、載せることはできませんが、調べてみると確かにガウディの横顔が再現されています。
ローマ兵の兜(ヘルメット): ローマ兵たちが被っている兜は、これまで登場したローマ兵と同様に、ガウディが設計したバルセロナの名建築「カサ・ミラ(ラ・ペドレラ)」の屋上にある独特な煙突の形状を模倣しています。
3. 十字架を背負うイエス
右側には、重い十字架を背負い、いばらの冠を被って苦痛に耐えながら歩を進めるイエスの姿が配置されています。このファサード全体が持つ「死と絶望」という重々しいテーマが、角張った力強い彫刻線で表現されています。
⑩馬上のロンギヌス

ローマ兵ロンギヌスが、十字架上のキリストを槍で刺した直後の「信仰に目覚める瞬間」を描いています。
1. 劇的な「構図」と「視線」
馬に乗ったロンギヌスは、右手に持った大きな槍(いわゆる「ロンギヌスの槍」)を掲げています。
彼の体と視線、そして槍の先端はすべて、この彫刻の右斜上に配置されている「十字架に磔にされたイエス・キリスト」の方向へと真っ直ぐに向けられています。これにより、ファサード全体の物語が繋がるように設計されています。
2. 奇跡と回心(信仰の告白)
伝承では、ロンギヌスは白内障を患っており、目がほとんど見えない状態でした。
しかし、彼がイエスの脇腹を槍で刺した際、飛び散ったイエスの聖血(血と水)が彼の目に触れたことで、奇跡的に視力が回復したとされています。
視力を取り戻した彼は、「本当にこの人は神の奔流(神の子)だったのだ」と悟り、キリスト教へと回心(改宗)します。
スビラックスの彫刻は、まさにその「奇跡が起き、驚愕と畏怖の念に打たれた瞬間」を捉えています。
3. スビラックス独特の「岩を切り出したような」表現
馬の脚や兵士の鎧、ヘルメットのディテールに至るまで、幾何学的で直線的な鋭いラインで表現されています。
これは受難のファサード共通のテーマである、イエスの死に伴う「痛み」「厳しさ」「悲しみ」を視覚的に強調するためのスタイルです。
馬の力強い造形も、場面の緊張感を高めています。
上段の彫刻群⑪〜⑬

⑪イエスの衣を分ける兵士たち(サイコロを振る兵士たち)

下段の「馬上のロンギヌス」から視線を上に上げると、この「サイコロを振る兵士たち」が配置されています。
これは聖書の記述通り、イエスが十字架に架けられた傍らで、兵士たちが彼の衣服(聖衣)を誰のものにするか、サイコロを振ってくじ引き(賭け事)をしている悲劇的な場面です。
周囲の悲しみとは対照的な、人間の無関心さや冷酷さが表現されています。
「縫い目のない不分衣(シームレスな衣服)」の表現
聖書では、イエスの下着(内衣)が「上から下まで一枚織りで縫い目がなかった」ため、兵士たちはそれを切り裂いて分けるのを嫌い、「誰のものにするかくじを引こう」と話し合いました。
スビラックスの彫刻でも、兵士たちの手元にある衣は切り裂かれておらず、一枚の布のまま描かれており、聖書の記述が忠実に視覚化されています。
⑫イエスの磔刑

イエスの磔刑(たっけい)と読みます。
イエス・キリストが十字架に釘付けにされて処刑される場面を描いています。
1. 宙に浮く鉄製の十字架とイエスの肉体
中央のイエス像は、一般的な木製の十字架ではなく、2本の太い鉄骨(H鋼)を組み合わせた黒い十字架に架けられています。
傾きと宙吊りの構図: 十字架は地面に突き刺さっておらず、前方にせり出すように傾き、宙に浮いたような状態で固定されています。これにより、下から見上げる参拝者に対して、イエスの体がこちら側に迫ってくるような強い視覚的圧迫感と臨場感を与えています。
極限まで削ぎ落とされた肉体: スビラックスは、イエスの苦しみと死を強調するため、解剖学的な筋肉のラインを直線的・幾何学的に表現し、極限まで痩せ細った痛々しい肉体を造形しました。
2. 右上背部の「満月」
日没と天変地異の表現:新約聖書(ルカによる福音書など)には、イエスが十字架上で息を引き取る直前、「昼の十二時ごろから太陽が光を失い、全地が暗くなって、午後三時まで続いた」という皆既日食のような天変地異の記述があります。スビラックスは、この「太陽が光を失い、昼なのに夜の闇が訪れた(月が姿を現した)」という不気味で劇的な瞬間を、この白い満月のレリーフによって視覚的に表現しています。
ユダヤの「過越の祭」の日程:イエスが処刑されたのは、ユダヤ暦の「過越の祭」の時期でした。過越の祭は必ず最初の満月の日に行われるため、この丸い月はキリストが命を落としたその日の正確な暦(天文学的な背景)を忠実に示すサインとしての役割も持っています。

3. 頭上の「引き裂かれた幕」
彫刻群のさらに真上(アーチの天井部分)には、二つに引き裂かれた大きな布のような質感の屋根(キャノピー)が配置されています。
神殿の幕の崩壊: 聖書には、イエスが息を引き取った瞬間、「神殿の聖所の幕が上から下まで真っ二つに裂けた」と記述されています。スビラックスはこの現象を背後の巨大なテクスチャで表現し、神と人との間の隔たりが消えたという奇跡をファサード全体に示しています。

4. 足元で見守る3人の人物(聖マリアたちと聖ヨハネ)
ひざまずくマグダラのマリア: 最も手前で深く頭を垂れ、ひざまずいて絶望しているのがマグダラのマリアです。
顔を覆う聖母マリア: その後ろで、悲しみのあまり両手で顔を覆って泣いているのが、イエスの母マリアです。
慰める聖ヨハネ: マリアの肩に手を置き、彼女を後ろから支えながら慰めているのが、キリストの最愛の弟子であるヨハネです。
5. 足元の「頭蓋骨(ドクロ)」
ゴルゴダの丘の象徴: キリストが処刑された場所は「ゴルゴダの丘」と呼ばれ、その意味はヘブライ語で「されこうべ(頭蓋骨)の場所」です。これを視覚的に示しています。
アダムの墓の伝承: キリスト教の伝統的な解釈において、このドクロは人類の始祖「アダム」のものとされています。キリストの流した血がアダムの罪を洗い流し、人類を救済したという神学的な意味が込められています。
⑬キリストの埋葬

十字架から降ろされたイエス・キリストの遺体を、亜麻布に包んで岩の墓所へと納める(埋葬する)聖書の厳粛なシーンを描いています。
1. 遺体を運ぶ2人の高官(ニコデモとアリマタヤのヨセフ)
左側の人物(ニコデモ): イエスの頭部側を抱え、悲痛な面持ちで遺体を見つめています。
右側の人物(アリマタヤのヨセフ): イエスの足元側を支えています。
イエスの遺体: 2人の間に横たえられ、シーツ(亜麻布)に包まれています。スビラックスの特徴である「ネガ(凹面)の技法」が使われており、イエスの胸のあたりが深く削り込まれることで、命を失った肉体の虚しさと影が強調されています。
2. 奥で見守るマリア(聖母マリア)
悲しみの聖母: 中央奥の四角い暗い穴(岩の墓の入り口)の中に静かに佇む女性、これはイエスの母マリアです。彼女は頭にベールを被り、息子の遺体が墓に納められる瞬間を、静かな絶望と深い悲しみとともに入り口から見守っています。
3. アルファベットの「S」の刻印
制作者のサイン: アリマタヤのヨセフが腰掛けている岩の側面に、大きく「S」の文字が刻まれています。これは、受難のファサードのこれらすべての彫刻を手がけたカタルーニャの巨匠、ジョセップ・マリア・スビラックス(Subirachs)の頭文字です。彼はこの物語の最終章とも言える埋葬の場面の足元に、自らの生きた証としてこのサインを残しました。
受難のファサーアド頂部の彫刻⑭

⑭キリストの昇天

受難のファサードの最上部、4本の塔を繋ぐブリッジ(架け橋)の中央に位置します。
十字架にかけられて死亡し、3日目に復活したイエス・キリストが、弟子たちの前で天へと上っていく新約聖書の「キリスト昇天」の場面を描いています。
1. 黄金に輝く「昇天するキリスト」
ファサードの他の彫刻がすべてくすんだ砂岩の色であるのに対し、このキリスト像だけはブロンズ(青銅)で作られ、表面に金箔が施されて黄金に輝いています。
キリストは衣服をまとい、両手を緩やかに広げて、重力から解放されたようにブリッジの端に佇んでいます。これは地上の苦しみ(受難)を終え、神聖な光をまとって天の父のもとへ帰っていく神々しい姿を表現しています。
2. 手前の白い巨大な「十字架」
キリストの手前(下方)には、非常に大きな白い石造りの十字架が斜めに配置されています。
この十字架には、先ほどの処刑の場面とは異なり、キリストの肉体は架けられていません。空っぽの十字架は「キリストが死に打ち勝ったこと(復活)」を証明する勝利のシンボルとして、記念碑のようにそびえ立っています。
以上、受難のファサードで見られる彫刻について、写真と解説でご紹介しました。
